
もう10年以上も前のこと。
京都にアゼルバイジャンとカスピ海の料理と銘打ったお店があった。
店名は忘れてしまった・・というより、
アゼルバイジャンとカスピ海の料理の方がインパクトがあって
店名が隠れてしまったのだと思う。
二度ほど行った。
確かイコン(聖像画)が飾られたシンプルで静謐な店内は
とてもロシア風だった。
そして、料理もロシア料理に近かったように思う。
おいしくて気に入った。
でも、三度目に行った時はお店がなくなっていた。
あれ以来、私はずっとアゼルバイジャンという国名を忘れられずにいた。
そして今年、関西万博でアゼルバイジャンに再会した。
他にない真っ白なパビリオンが目についた。
そして1時間程並んで入ることができた。
奥に長く、高さは4階程度だっただろうか、
幾何学的なデザインの金属で造られ、
真っ白に塗装された外観。奥行きのあるエントランスには
7つのアーチがかかり、その下で
民族衣装に身を包んだ7人の女性像がくるくる回転していた。

女性像は、哲学者ニザーミー・キャンジャヴィーの名作「7人の美女」からのインスピレーションで
バフラム・グル王子が7人の王女と旅をしながら王女たちから深い知恵を得ていく物語。
アジアとロシアの中間のようなエキゾチックな印象を受けた。
私はかつて食べたアゼルバイジャンとカスピ海の料理に
ここで再会できると期待していた。そしてレストランを目指したが、
スイーツとお茶、ワインのみの扱いで、
しかもアゼルバイジャンのスイーツは売り切れていて
日本のケーキしかなかった。
アゼルバイジャンのワインがあったけれど、
グラス3000円もしていて、とても手が出なかった。
実は真っ白な外観とこのレストランの印象しかない。
でも、万博が終わった後で
アゼルバイジャンと日本の結びつきを知り、とても感動した。
アゼルバイジャンはその昔、オスマントルコ帝国の一部でだった時代がある。
1990年オスマントルコ帝国の軍艦エルトゥールル号が和歌山の串本沖で難破した事件がある。
500名以上が海に投げ出される大惨事だった。
この時串本の住民たちが必死で救助に当たり、69名が救出された。
この救助によって結ばれた友好が後世まで引き継がれ、
オスマントルコから独立したアゼルバイジャンは
日本に深い親愛の情を持ち続けていてくれると知った。
世界有数の産油国であるアゼルバイジャンの
石油プラントの開発に参入できたのは唯一日本の商社だけ。
今の関わり続けているそうだ。
この石油プラントはおそらくカスピ海に浮かんでいるだろう。
この物語を知って、心が温かくなり、
アゼルバイジャンがますます近しく感じられた。
世界は広く大きい。でも国と国を結ぶ強い絆は、
こうしたリアルな出来事から生まれる。
万博はそんなことに気づかせてくれた。
世界でたった一ヵ所、平和と優しさを共有できる場だったと思う。
いろんなパビリオンを見て、イベントの音楽や踊りに心動かされながら
同時に、今世界で起こっている理不尽な戦争や侵略についても心が痛んだ。
平和な風景を見ながらなぜか、泣きそうにもなった。
なんとも言えない気持ちでいっぱいになった。
アゼルバイジャンの歴史、人々、苦難に陥った時、
手を差し伸べた日本を忘れずにいてくれた。
そんな物語が世界のあちこちで起こって
世界を救って欲しいと願う。