わが家に帰って。
わが家に帰って。

わが家に帰って。

思い返せば・・あっという間に過ぎた、過ぎてくれた入院生活だった。

入院前の週末から、片付けなければならないことがスムーズに片付いていった。
なかなか交換できなかった携帯の機種交換がすっとできたり、
買い物がテキパキできたり、
準備にかかる時間があまりかからず
気持ちも乱されることなく進んだ。

そして・・入院の日。
朝は少しぐずった。で、病院に電話をしてチェックインを12時に遅らせてもらった。

そこからはすべてが順調に進んだ。
ありがたい。院内の動きは計画されており、
身体もそれに合わせて進んでいくことができた。

恐怖も、不安も払拭され
今の段階での安心できる結果を主治医から告げられ
今後の予定も組まれた。

振り返れば・・
私の初診日は11月23日(祝)14:50 市民検診の結果を持って受診。
乳がんの可能性はステージ5。
ステージⅡa しこりの大きさは2.2cmだった。
問診後、マンモグラフィ、エコーを受けた。
エコー中にしこりが見つかり、医師の手で針刺す細胞診が行われた。
再び診察室に戻り、撮影した画像を見ながら乳がんの可能性があること。
しこりと思われる部位からトゲトゲの線が出ている。
これがんの特徴らしかった。
検査を進めながら治療方法を考えて行きましょう。そして、
「治るように治療していきましょう」と言われ、治るのかな・・と思った。
「乳腺炎であって欲しい」。そんな思いはここでかき消された。
外来患者がすべていなくなった受付で支払いをしながら、
ここへ通い続けることになる。家から近くてよかった・・そう思いながら帰路についた。

12月4日 仕事を早退して14:00
細胞診の結果は乳がん。医師からはっきり言われた。はっきり言うんだと思った。
「診断についてどう思いますか?」と聞かれ、
「現実なので受け止めようと思います」と答えた。本心だった。
それ以外の現実、可能性は何一つ残されていないのだから。
MRIを受けるか聞かれたが即答できず迷っていると
「無理しなくていい」と言われたので、受けないことにした。
その代わり、前回受けた細胞診よりもう少し部位を大きく切り取って調べる検査をすることに。
検査の日にちを告げられ同意。基本的にすべて指示される日の受診で進めていった。

12月15日 太い梁を刺す検査
患部に麻酔をして針を刺し、パチっという大きな音を聞きながら
いくつか組織を切り取られた。
終わった後、医師が「止血のため5分ぐらい押さえておきますね」と言って体重をかけて押さえていてくれた。
切り取った部分は白い1×5mm程度の薄い板のようなもので、瓶の保存液の中でゆらゆら浮かんでいた。
人の命を奪う悪者とは思えないはかなげな浮遊物に思わず「白いんですね」と珍しいものを見たような声が出た。

ほんとうに・・これが悪性の腫瘍の一部なんだ・・・

12月25日(月)
結果 ホルモンバランスの崩れによる乳がん ステージ1 1.9cm
「ランクが下がった」。それが感想だった。
部分切除か全摘か。迷わず「部分切除でお願いします」と伝えた。
私は初診時にも「部分切除で」と伝えていた。
手術後放射線治療になると告げられた。
「手術は2月」と言われた時点で「なんとか1月にできないか」訴えた。
仕事を休む日数を少なくしたい私は土日を間に挟む入院を希望したが
そうすると2月になるとのこと。月曜入院で火曜手術、問題なければ土曜日退院。
この日程でよければ1月22日の入院はどうか聞かれ、「合わせます」と即答した。
身体の中に、この悪魔を抱えている時間をできるだけ短縮したかった。

手術日が決まった。
この後、レントゲン、心電図、血液検査、肺活量チェックを受けられるか聞かれ同意。
プラス1時間でスムーズにすべてが進んだ。

1月8日(月)
乳がん専門の看護師との面談。
これまでの経緯、気持ち、今後について聞かれた。
ここで放射線治療科がこの病院にないことが判明。
MRI等を撮って診断を見立てる放射線科と治療として放射線を照射する放射線治療科は
別であったのだ。焦った・・・別の病院に行くの?
おまけに照射は平日毎日続けて計30回と言われ悲鳴を上げてしまった。
つまり・・6週間の照射ということは仕事はどうなるの?
ここが私の一番課題部分である。
「職場から近い病院を探さなければ・・」
この日は、この重い課題を抱え、そして初診時に病院が抱える問題を教えてくれなかったことに
疑問を抱いた。こんなものなのだろうか・・・・

1月10日(水)
麻酔科受診。麻酔について、手術について説明を受ける。
なにしろ全身麻酔なのだ。怖くないわけがない。

主治医外来
25日に受けた手術前検査の結果を聞く。
すべて問題なし。麻酔科でも問題はなかったので
これで手術に迎える運びとなった。
なんと、とてもスムーズに進んだ。あと2週間の間に気持ちを手術に向けていくだけ。
手術に必要な書類一式を準備室で受け取り、再び京都に向かった。
ライフワークの日だったのだ。

症状がなく、行動に支障が出ないのは有り難いが
身体の中で何が起こっているかは未知数。
私の身体はパンドラの箱になってしまっているのだから・・

市民検診から初診、検査を経て手術日まで94日。約3カ月。
これを短いとするのか、適正とするのかはわからない。
でも、なんとなく私自身は想定したよりスムーズに進み、
私の心も準備を重ねていけたように感じた。

そして、私は急いだ。
指定される日を逃さず受診し、手術日はできるだけ繰り上げられるようお願いした。

自分の身体の中に入り込んで、広がる可能性のある悪魔を
できるだけ早く、すみやかに身体の外に出してしまいたかった。

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